ここでは、松原研究室で行っている研究内容について説明します。

研究キーワード:
タンパク質, 遺伝子, 細胞, 細胞内シグナル伝達, シグナル創薬, 疾患関連タンパク質, がん, 神経変性疾患, パーキンソン病, アルツハイマー病, 統合失調症, 脂質修飾, ミリストイル化, リン酸化, 機能性食品開発, 運動機能性食品, エクササイズピル, ロコモティブシンドローム, マイオカイン, 骨粗鬆症, 変形性関節症, 抗酸化作用, 京野菜, 筋肥大, AGEs, 抗炎症作用, カルモジュリン, タンパク質間相互作用

1.翻訳後修飾による疾患関連タンパク質の機能調節機構の解明

 タンパク質の機能は、リン酸化、糖鎖修飾、脂質修飾など300種類以上の翻訳後修飾を受けて調節されています。特に高等動物では、遺伝子の塩基配列に基づいて合成されたタンパク質がそのまま機能を発揮することはまれで、種々の翻訳後修飾を受けてはじめてその機能を発揮することが知られています。さらに、翻訳後修飾の異常は、がんや神経変性疾患などの病気と関連していることが多く、翻訳後修飾による疾患関連タンパク質の機能調節機構の解明は、様々な疾患の原因究明やそれに対する医薬品を開発するうえでも非常に重要です。
 翻訳後修飾の中でも、ミリストイル化とリン酸化による疾患関連タンパク質の機能調節機構について研究しています。

 翻訳後修飾について分かりやすく研究コラムとしてまとめていますので参考にしてください。
 「タンパク質の翻訳後修飾について」

ミリストイル化タンパク質

 シグナル伝達系のタンパク質、がん遺伝子産物あるいはウイルス構成タンパク質の多くは、脂質により修飾され、これらのタンパク質の機能発現に脂質修飾は不可欠です。
 脂質修飾の中でも重要なものとしてミリストイル化があります。ミリストイル化の生理的な役割は、タンパク質と細胞膜との結合であり、多くのミリストイル化タンパク質は、ミリストイル基を介して細胞膜に結合することにより、その機能を発揮しています。また、細胞膜との結合は、ミリストイル基の中間的な疎水性によって、疎水性の環境である細胞膜と水溶性の環境である細胞質を行き来できる可逆性があることも知られています。ミリストイル化が主にタンパク質と細胞膜との結合に重要な役割を果たしていること以外、タンパク質間相互作用におけるミリストイル化の役割はこれまでほとんど解明されていませんでした。
 我々は、タンパク質間相互作用におけるミリストイル化の役割を、神経特異的なミリストイル化タンパク質であるCAP-23/NAP-22のミリストイル化ドメインとその結合タンパク質であるカルモジュリンとの複合体のX線結晶構造解析から明らかにしました。解析の結果から、CAP-23/NAP-22のミリストイル基がカルモジュリンのトンネル構造を貫通していることが分かり、ミリストイル化によるタンパク質認識機構が初めて分子レベルで理解されました。また、ミリストイル基以外の特定のアミノ酸も両者の相互作用に重要であることが分かりました。(この結果は、プレス発表されました。)
 このようなミリスチル化の新たな役割は、他の多くのタンパク質にも存在すると考えられるので、今後、更なる解析をするとともに、ミリストイル化以外の他の脂質修飾においても新しい機能を見出していく予定です。脂質修飾タンパク質の多くは、がんやウイルス感染に深く関わっていることから、本研究で得られるであろう脂質修飾による新規な分子認識機構は、がんやウイルス感染に対する新たな治療薬の設計にも大きく寄与するものと期待されます。
 さらに、我々はこれまで報告されていない脱ミリストイル化酵素の同定を試みています。一般にミリストイル化はリボソーム上でタンパク質ができる際にN末端に付加されると外されることはないco-translational な脂質修飾と言われています。しかし、予備的な実験からミリストイル基を外す脱ミリストイル化活性を細胞画分から見出しており、この活性を指標に脱ミリストイル化酵素を精製する予定です。この新しい酵素が見つかれば、ミリストイル化タンパク質の新たな機能調節機構が明らかになります。


関連論文
・Matsubara, M., Nakatsu, T., Kato, H. and Taniguchi, H. : Crystal structure of a myristoylated CAP-23/NAP-22 N-terminal domain peptide complexed with Ca2+/Calmodulin. EMBO J. 23, 712-718, 2004
・Matsubara, M., Kawamura, K., Shimojo, N., Jing, T., Titani, K., Hashimoto, K. and Hayashi, N. ; Myristoyl moiety of HIV Nef is involved in regulation of the interaction with calmodulin in vivo. Protein Sci. 14, 494-503, 2005
・Takasaki, A., Hayashi, N., Matsubara, M, Yamauchi, E., and Taniguchi, H. : Identification of the calmodulin-bindingdomain of neuron-specific prorein Kinase C substrate protein CAP23/NAP22: Direct involvment of protein myristoylation in calmodulin-target protein interaction.
J. Biol. Chem.274, 11848-11853, 1999

リン酸化タンパク質

 細胞内シグナル伝達系においてタンパク質のリン酸化は必要不可欠な反応です。リン酸化反応を担うのがタンパク質リン酸化酵素であるプロテインキナーゼです。真核生物においては、極めて多くのプロテインキナーゼが存在し、特にヒトでは約500種類が機能していると考えられています。細胞内でどのようなタンパク質が、どの部分を、どのようなプロテインキナーゼでリン酸化されているのかを、包括的に理解することが必要です。しかしながら、現状では、細胞内で起きるであろうリン酸化のほんの数%しか明らかにされていません。従って、リン酸化部位の同定やプロテインキナーゼとその基質タンパク質との相互関係を効率的に解析する手段を開発していく必要があります。
 また、プロテインキナーゼの異常によってがん、神経変性疾患、関節リウマチなど様々な疾患を引き起こすことが明らかとなっているため、疾患に関連するプロテインキナーゼの機能構造研究は重要です。
 我々はこれまで疾患に関連するプロテインキナーゼの立体構造やリン酸化部位の同定などを通じて、プロテインキナーゼの異常と病気との関連性を明らかにすると同時に、病気に対する治療薬の開発につながる研究を行ってきました。今後、さらに疾患に関連する個々のプロテインキナーゼの機能と構造の関係性を詳細に解明したと考えています。

関連論文
・ Matsubara, M., Kusubata, M., Titani, K., Ishiguro, K., Uchida, T. and Taniguchi, H. : Site-specific phosphorylation of synapsin I by mitogen-activated prorein kinase and cdk5 and its effects on physiological functions. J.Biol.Chem. 271, 21108-21113, 1996
・Kinoshita, T., Matsubara, M., Ishiguro, H., Okita, K. and Tada, T. ; Structure of human Fyn kinase domain complexed with staurospoline.  Biochem. Biophys. Res. Commun. 346, 340-344, 2006
・Kinoshita E., Kinoshita-Kikuta, E., Matsubara, M., Aoki, Y., Ohie, S., Mouri, Y. and Koike, T. ; Two-dimensional phosphate-affinity gel electrophoresis for the analysis of phoshoprotein Isotypes. Electrophoresis 30, 550-559, 2009

疾患に対しての分子標的治療薬の開発

 がん、生活習慣病や神経変性疾患は今後益々増えていく病気です。これらの病気は細胞内においてタンパク質の働きが変わることで発症します。上記のミリストイル化タンパク質やリン酸化タンパク質のところで示したように、病気に関わるタンパク質の機能や構造を解明することにより病気の発症メカニズムを理解し、それを基にして病気の治療薬の開発や予防に役立てようとしています。
 特にがんの治療法の開発では、がん抑制遺伝子がどのようにがんを抑えるかを、ヒトのがん細胞を培養して詳細なメカニズムを解析しています。そして特定のがんの原因遺伝子に作用することで副作用を軽減できる分子標的抗がん剤の開発を行っています。また、神経変性疾患ではパーキンソン病の様々な原因タンパク質を標的にし、その発症メカニズムの解明を行っています。その他に、アルツハイマー病、統合失調症なども対象にしています。


関連論文
・Alim, M. A., Ma Q. L., Takeda, K., Aizawa T., Matsubara, M., Nakamura, M., Asada A., Saito, T., Kaji, H., Yoshii, M., Hisanaga, S.and Ueda, K. ; Demonstration of a role for alpha-synuclein as a functional microtubule-associated protein. J. Alzheimers Dis. 6, 435-442, 2004

2.予防医学のための機能性食品成分の探索とその作用メカニズムの解明

 高齢化社会の急速な進行とともに糖尿病、筋委縮(サルコぺニア)、骨粗鬆症、変形性関節症など様々な疾患が増加しています。これらの予防を目的とする機能性食品の開発では、分子レベルでその作用メカニズムを明らかにすることが期待されています。松原研究室では、様々な食品成分に着目し、分子生物学的手法を用いてどのような疾患に効果があるのかを詳細に解析し、それぞれの疾患に最適な機能性食品の開発を行っています。
 特に加齢に伴う筋萎縮(サルコぺニア)の予防を目的とする機能性食品の開発では、卵白由来のペプチド成分が有効であることを明らかにしています。運動と同じ作用メカニズムで卵白由来のペプチド成分が筋肥大を促進することが分かりました。他にも、骨粗鬆症には卵黄由来のペプチド成分が、変形性関節症ではアロエの成分が効果的であることが分子レベルで分かりつつあります。さらに、抗酸化作用や抗炎症作用をもつ京野菜中の機能性成分などが明らかにされつつあります。


関連論文
・Yamada, K., Nishii, K., Sakai, K., Teranishi, T. and Matsubara, M.; Groped for a novel stimulation method for the prevention of lumbar vertebral compression pressure bone fracture and verification using a bone density drop model mouse. Okajimas Folia Anat Jpn. 91, 29-36, 2014
・Kito, T., Teranishi, T., Nishii, K., Sakai, K., Matsubara, M. and Yamada, K.; Effectiveness of exercise-induced cytokines in alleviating arthritis symptoms in arthritis model mice. Okajimas Folia Anat Jpn. 93, 81-88, 2016

これら以外にも、薬学部の他の研究室、他大学との共同研究を行い、基礎から応用までの幅広い研究を展開しています。

大学院生と卒論生の最近の研究テーマ

・疾患関連タンパク質CDK19の構造・機能解析
・がん抑制因子NAP-22(BASP1)のミリストイル化によるタンパク質間相互作用の制御
・がん抑制因子NAP-22(BASP1)由来ペプチドによる抗腫瘍効果の検証
・新規カルモジュリン標的タンパク質の同定
・脱ミリストイル化酵素の同定
・パーキンソン病原因タンパク質α-synucleinの凝集阻害剤の開発
・卵白ペプチドの運動機能性食品としての作用メカニズムの解明
・マウス運動負荷後の骨格筋抽出液が破骨細胞に与える影響
・細胞内抗酸化検出系を用いた京野菜生理活性成分の探索
・キダチアロエ抽出成分の抗炎症効果の検討